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ステッパーズ・ストップ

そのほか

2011年


トド04




<戸所硫花>

 散歩途中の犬とすれ違った。
 茶色い毛が集まったモップみたいな犬。首のところだけが白く盛り上がっていて、なんだかコートのファーみたいだった。
 遊んで遊んで、とこっちに近づいてくる。カフカフ。けどわたしのところまでは来られない。ご主人が、こら、と首輪を引いていた。ちょっと触りたくなったけど、人の犬にちょっかい出したりはしない。
 すれ違った後もわたしは未練たらしく見る。見るだけならいいよね。向こうも見てくる。少しだけ見つめ合って、さようなら。いつも通る道だからまた会えるだろう。ああ、犬っていいな。飼ってみたいなあ。散歩とか糞の始末とか、世話はやっぱり大変なんだろうか。お母さんは反対するだろうか。
 少し寒い。このごろどんどん寒くなってる。確実に冬は近づいてきてる。まだコートを出すほどではないけど。面倒くさいし。でも少し学校に居残りしただけなのに、帰り道はかなり薄暗くなっていた。
 ふと空を見上げる。ピンク色に滲んでいる。でもそれは端っこだけだ。頭上のほとんどは穏やかなブルーで覆われていて、日が沈んだのであろうあたりの遠くだけが、ビルやら鉄塔やらをシルエットにして変色している。空の色ってなんで変わるんだっけ。光が……重力で曲がって……? わたしはよく知らない。
 とぼとぼと歩く。
 車がわたしを追い越す。遠ざかる光が、ほたるみたいに糸を引く。まばたきしても線は残った。すぐ消えるよね。一生残ったらどうしよう。邪魔くさいな。
 周りは家ばっかりだ。よく見ると、互いに似ているようなところはあまりない。瓦屋根の低い家。玄関先に、お客さんにすり寄るように犬の置物が置いてある家。トタンの古びた家。コンクリートで、四角い、なんか……デザインの家。ぱっと見狭く見えるけど、横から見ると意外と長くなってる家。どれもわたしには関係ない。わたしがここに入ることはたぶん一生ない。その代わりこの中にいる人たちも、わたしの家に入ってくることはない。区切り。家族。壁と鍵。道と玄関。お父さん。
 帰り道はヒマだ。
 学級委員の仕事が今日もあって、友達と一緒に帰れなかった。黒野くんも学級委員だから残ってたけど、彼は帰る方向が全然ちがう。

 黒野くん。

 思い出してぎくりとする。息が苦しくて、落ち着かない感じだ。本当に彼のことが好きになってるんだなと実感する。
 結局今日は何も言えなかった。教室にはわたしたちのほかにも何人か残っていた。明津さんっていう派手に遊んでる子たちのグループだ。机とかに座ってだべっていて、黒野くんに時おりちょっかいを出していた。それで黒野くんはと言うと、仕事しながらも軽くいなしていた……どころか、なんだかルールを作って体をタッチし合ったり、あの子たちの悪ノリに投合してすらいた。わたしはドキドキしてるし変なこと言われてなんて答えればいいかわからないしで、頭がいっぱいになって仕事も手につかなかった。そんな状況で告白なんて出来る訳はないし、別の場所に呼び出すなんてこともできやしなかった。
 黒野くんは誰とでも仲よくしてる。……本当に誰とでも。クラスには古沢くんっていう怖い不良がいるけど、その人とも打ち解けてたみたいだし。
 不良と言えばうちのお兄ちゃんもワルだけど、あれはあんまり怖くないなあ。家でお母さんに怒られて逆ギレしてるのは迫力に欠けるし、先輩がヤバイ、マジヤバイ、本気であれはヤバイって話ばっかりしてて自分はあんまり喧嘩とかあんまりしてないみたいだし、それからわたしには優しいし。
 最近髪も染めてた。びっくりしたけど、人間性が変わったようには見えない。お母さんに何してんだって怒られたら「染めてねーよ! あんたがあまりにうるせーから怒りが爆発してこうなったんだよ!」とか変な言い訳して「親に向かってあんたとは何だ!」とかやりあってた。バカだよね。そんな兄なので、朝起こすとき、蹴りとか入れても大丈夫だ。
 ガラのいいの悪いの関係なく、友達がいっぱいいるのは黒野くんにも似てるかも知れない。どことなくへらへらした雰囲気とか、ひょうきんなところも。あ、わたしが黒野くんを気にしてるのってお兄ちゃんに似てるからだろうか。そうかも知れない。そうだろう。そしてお兄ちゃんがいい人だってのがよく分かってるから、黒野くんのこともそう思うのかも知れない。
 利根川さんの言っていたことを思い出す。
 黒野くんが、本当は悪い人なのだと言う。信じられない。しかも、鴨居くんが学校に来なくなったのは彼にいじめられたからだと言う。それも信じられない。昔は、いじめどころか仲良く話してたように見えたけど……
 あ、思い出した。
 その鴨居くんに、プリントを届けなきゃいけないんだった。わたしは学級委員だし家も比較的近いしって、先生に頼まれていたのだ。
 いつもは曲がらない角を曲がって、わたしは鴨居くんの家に寄る。



つづく