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ステッパーズ・ストップ

そのほか

2011年


トド13




<戸所硫花>

「あなたたちは弱虫だ。自分のしてることの意味が分かってない。こんなこと、いつまでも続けられる訳がない」
「うるせえよ」
 言い返してきたのは瞳さんだった。
「あんたこそ気づいてないの? 好き勝手言えるのは大地の好意があったからだって。感謝もしないで文句ばっかり言ってさ。ねえフル、クッキー、この女とやりたい?」
「いらねえ」
「俺は誰でも食うよ」
 彼女らが何の話をしているか。分かりたくないけど、分かる。これからわたしが何をされるか。分かってしまう。わたしはこれから酷い目に遭う。わたしは、これから、酷い目に遭う。
 水晶に祈りたくなる。わたしを守って、って。でもそれはお門違いに思えた。水晶は神さまだから守ってはくれない。助けを求めている限りずっと助からないだろう。だからわたしは、水晶に誓う。わたしはわたしを手放さない。わたしは、わたしを、見限らない。裏切らない。たとえどれだけ酷い目に遭おうとも。たとえ、どれだけ、つらいことがあろうとも。
「じゃあクッキーと鴨居でお仕置きしちゃえ。あたし撮っといてあげるから」
 瞳さんが携帯を振る。この人はだめだろう。もう聞く耳を持っていない。楽しみと自己主張を盾にして逃げきる気だ。
 それでもわたしは言う。
「弱虫。これからあなたたちはこんなことを誇り続けるんだ。無視したことを。踏みにじったことを。それで、何かが出来たんだって勘違いをして。あなたたちはきっと地獄に落ちる。絶対に後悔する」
「願望でしょそれ。要は呪ってやるってことでしょ。綺麗事ばっかり並べてたくせに、結局あんた許せないんじゃん」
「あなたには言ってない」
 瞳さんは聞きたいようにしか聞かない。そうしないと耐えられないからだ。それを誤魔化してるだけだ。
「黒野くんに言ってるんだよ」
 わたしは男たちに地面に引きずり降ろされ、押さえつけられる。かつて鴨居くんにそうされかけたように、制服を剥がされていく。震える手足。目眩。歪む視界。灰色の雲で淀んだ空。わたしを包む世界は暗く。寒々しい。おびえる体でわたしは決めた。傷つかない。絶対に傷つかない。わたしの意志だ。絶対は絶対だ。
 その様子を見ていた黒野くんが、口を開いた。悲しそうな顔をして。
「きみの言い分は分かるよ。でも戸所さんは、こっちの言い分には理解を示してくれないみたいだね」
 当たり前だ。黒野くんは本当は何も言ってないのだから。
「それが悲しいよ。結果、きみはこんなことになってしまっている。おれだってこんなことは嫌だ。でも、きみは拒絶した。素直に受け入れるということをしなかった。だからこんなことになっている。ねえ、今からでも遅くはない。自分の間違いを認めて謝るんだ。そしたら瞳たちも分かってくれると思うし、おれからも止めるようお願いするよ」
 あくまでわたしに委ねてくる。だから弱虫だって言うのに。黒野くんは自分からはこの人たちを止めようとしない。言葉ひとつでそれができるクセに、その決定をしない。こんな暴力を盾にして、わたしに謝れと脅してくる。卑劣な恫喝。なんで。もう。
「黒野くん」
 どうやらわたしは、自分が望むほど強くはないみたいだ。涙がぼろぼろ出る。どうしようもなく怖い。耐えられない。でも。でも。
「黒野くん、好き」
 今。暗い洞穴に落とされる直前に。その言葉はわたしの中から滑り出てきた。そうだ。決めていたんだった。今日は黒野くんに告白するんだった。想いを伝えるんだった。
 こんなことになってもわたしは、黒野くんが好きなのだ。そのことに関係ない第三者に囲まれる中で、わたしは黒野くんだけにそれを伝える。
「あなたのことが好きです。あなたのことを想うだけで、最高に舞い上がってしまう日々がありました。黒野くんと会えて、話せて、本当に嬉しかった。ありがとう」
 言えた。わたしは満足した。
「バッカじゃないの。助けて欲しいからって、今そんなこと言う? 自分にそんな価値があると思ってんの?」
 瞳さんが嘲笑う。それはそうだろう。
 わたしはこれから酷い目に遭う。その後で、この気持ちがどうなってしまうかは分からない。願わくば、このままであってくれればいいなとおもう。
 このとき、ほんの一瞬だけ、それは見えた。わたしの告白を聞いた黒野くんの顔が、呆けたように見えた。



<黒野大地>

 弱ったな。
 逃げちゃおっかな?
 何だよこの子。予想を遙かに越えて粘る。剛体? 鉱石? まるで歪まない。砕けない。おれが一撃を加えたい方向からの攻撃だけに強い。やたらに。無闇に。
 おれがこの世で怖いのは妹の宇美といとこの宇多だけだと思ってたんだけど、もしかしたら今回の件で、このリストに新たな名前が加わるかも知れない。あと利根川さんもか。あれ、おれ、なんか苦手な人多くない? しかも女ばっかり。まあいいんだけど。たぶんおれの周囲に異常値が偏って密集してるだけだろうし。
 そう。異常値だ。
 おれは根がポジティヴなんで生きてて大体楽しい。妹の宇美が、精神がねじくれてると言うか、ちょっと尋常じゃないレベルの闇黒で大変なんだけど、付き合いも長いのでそれなりに接し方を心得て、良好な関係を築いてきた。
 問題はいとこの宇多だ。黒野宇多。こいつが鬼。こいつが厄災。ほんと警報が欲しいレベル。おれが面白い、やりたいと思うことはだいたいこいつが許してくれない。行動力、攻撃力に加えて認識半径が半端なくて、学校違うのに、おれが何か派手なことをしようとするとことごとく嗅ぎ付けて潰してくる。それでその度にゴッタゴタにボコられたりとか、河のドブさらいさせられたりとか酷い目にあってきたので、おれはあいつを天敵と認めざるを得なくなった。だからおれの遊びは必然、こういう染みったれた、地味極まりないものになる。ほんと泣きたい。
 情けなや情けなや。あ、でも、たまには逆らうよ。ノーコストでおれを抑えられるとは思われたくないからね。いっそこの土地から逃げてもいいんだけど、それは最後の手段かな。築いてきた人脈もゼロリセットになって、瞳みたいな味方を探すのもまたやり直しになっちゃうし。
 ほんと、陽太とか瞳とか、欲求の分かりやすい奴は制御が楽なんだけどね。基本おれのスタイルって、人のして欲しいことを察してあげるところっから始まるから。でも宇多にはそれが通じない。あの鬼スペックを差し置いても、タイプ的にすげー合わない。なんて言うんだろね、個人主義を超越してるみたいな? 要はおれの理解を越えてるからスキャンが一切通じない。相手の行動を変更する餌を作り出せない。
 で、分からないんなら勉強しようと思って白羽の矢を立てたのが戸所さんだった。彼女はまあ普通の子だけど、宇多の利他精神みたいのと通じるところがある。偽善か善か知らないけど、宇多と違って安全に接触できるから、その心を知って戦術構築に役立てようと思ったんだ。お話したり、軽くつっついたり、刺激に耐えられる限界を測ってみたりしてね。
 ところがどっこい、蓋を開けてみればむっちゃくちゃ力強いじゃないか。ひたすら信念が固い。異常値である。何か優れてる技能があるって訳でもなさそうなのに、その自信はどこから来るのか。おまけに反撃までしてくる。基本無力だから喋るだけなんだけど、その心への訴えかけが妙に引っかかる。これが、何ていうか……馬鹿じゃないの? 何言ってるの? って思うようなことばっかりなんだけど、理不尽なことばっかり言ってくるんだけど、その理不尽というのが厄介で、つまるところ無視できない。頭に湯気立てて反論したくなりそうな感じ。しないけど。
 まあ、そもそも勉強ってのは自分にはないものを取り入れるってことなんだから、こういう受け入れがたいものを受け入れるのが正解なのかも知れないけどね。だけど不吉な感じもする。これを受け入れるのは、自分の譲れない何かを手放してしまうような。
 あらおれってば妙に強情。こんなに頭固かったっけ? ショック。とか考えたり、正直揺さぶられてた。
 で、トドメがこの告白だ。
 土壇場で振りかざされた、とても無視できない、暴力的な告白。おれの中で、ひとつの、ある強烈な欲求が喚起される。強制的に。抗いがたい不安と快感を伴って。
 さて、この荒ぶる気持ち、どうしたもんかねえ。



つづく