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ジュエルとメイファ
☆
あれからぼくはずっとジュエルのお屋敷に泊まらせてもらっている。宿なしだったぼくには有り難いどころか涙を流して喜べる計らいだ。彼女の住まいは本当に居心地がよかったし、食べるにも寝るにも困らない。掃除や洗濯などもすべて召使いの人たちがまかなってくれる。ぼくは彼女に割り当てられた部屋を拠点に、ずっと遊び呆けていた。そんなぼくをジュエルは咎めるどころか、「されて困ることなんてわたしには無いよ。たとえばきみが気に入った女性がいるなら、遠慮なく連れ込んでくれていい」とまで言ってくれた。どこまでぼくに都合がいいんだろう。「きみに触れた後ではどんな女の子も霞んで見えるよ」と言うと、こちらの下心はお見通しとばかりに、ぼくにまたがってきてくれた。向こうはぼくとしても行為が軽すぎて全然気持ちよくなれないという話だったから、これは彼女が自分の欲望に基づいてやっているというよりは親切の類なのだろうと思った。ぼくももちろん遠慮はしない。忙しいらしい彼女の貴重な時間を割いてもらって快楽を貪らせてもらう機会があったら、絶対に逃さなかった。
とにかく彼女は性に奔放だ。演出でわざとやる場合を除けば、ためらいや恥じらいは全くない。ある日ぼくが与えられた自室で流行の小説を読んでいたら、乱暴にドアを開けて彼女が入ってきた。彼女は顔いっぱいに苛立ちを見せて、開いたドアを閉めもせずに、ぼくにこう言った。
「ストレス溜まった! むらむらする! するわよ!」
ぼくが、よしきた、とばかりにベルトをカチャカチャ外そうとしているところに、彼女は凄い勢いで服を脱ぎ捨てて、獣のようにベッドに飛んで四つん這いになった。尻とシステムをこちらに見せつけて、叫ぶ。
「はやく!」
自分で自分の尻をパァンと叩いて挑発してくる。風情もムードもあったもんじゃないけど、絶世に美麗な彼女がぼくを誘惑するのはたやすいことだった。
☆
彼女に尋ね人が来た。学校の制服を来た女の子だった。召使いに導かれて、応接室まで連れてこられた女の子を、ジュエルが迎えた。そのときなぜかぼくも一緒に同伴することになった。
メイファ・リリスタルス。
ソファに座った女の子はそう名乗った。ジュエルよりも年上なのだろう、体もひとまわり大きい。十五、六くらだろうか。鞄を膝の上に置いて、礼儀正しくおずおずと用件を切り出してこようとする。
「ジュエルさんって…とても頭がいいんですよね?」
「よしきた!」
メイファの話をいきなり遮って、ジュエルは自分より年上の女学生に飛びかかった。なにが「よしきた!」なのかは分からないが、有無を言わさずメイファの服を脱がし、システムを舐めたり舐めさせたりなど、ぼくが見ている前であれやこれやと痴態を繰り広げる。メイファはもちろん最初は抵抗していたのだが、ジュエルの技巧があまりに素晴らしいためか、やがて行為を受け入れ、遂には体を仰け反らせて痙攣し、叫びながら絶頂した。同時にジュエルも果てていた。
ジュエルは行為が終わって体を拭くと、いつも通りさっさと服を着て、しくしく泣いているメイファにも幼児を扱うように服を着させてあげていた。
「すまない、ありがとう。最近すごく溜まっていて、しかもきみがとても可愛いので我慢できなかったんだ。抱くのは美しい人に限るね。気持ちよかったよ」
確かにメイファは可愛かった。赤いショートヘアがすてきな細い子だ。さすがに我慢できずに犯してしまうことはないが。しかしジュエルの話を聞いてると、美しい人を抱かないと気持ちよくなれないと言っているようにも聞こえる。先日ぼくと最初にやったとき、全然気持ちよくなかったと告げられたのを思い出す。
メイファはジュエルに制服を元通り着せられて、おまけに勝手にネックレスやらイヤリングやらをつけられた後も、両手で顔を覆って泣き止まなかった。
「どうしたの? 強引にでもされて良かったと思えるくらいにいは気持ちよくなれるように丁寧におもてなししたつもりだったんだけど」
強姦したという自覚はあっても罪悪感は全く無いらしいジュエルは無茶苦茶を言った。けど、メイファが泣いている理由はそこにはないらしく、ジュエルの考えはまったく間違っていなかった。
「いえ、されたことは……びっくりしたけど、でもジュエルさんはとても可愛らしい子だし、優しいし……よかったです。ただ、そこの男の人に見られたから……」
と言ってメイファは震えるその手でぼくを指さした。
「女性のプライバシーを出歯亀する非常識なきみを軽蔑するよ」
ジュエルはぼくを叱った。けどぼくをここに連れてきたのも彼女だし、いきなり来客を犯すという非常識を働いたのも彼女だ。頭のいい彼女が常識の所在をわかってないなんてことはないだろうから、彼女は真顔で冗談を言ったのだろうと思ってぼくは特に反論しなかった。ジュエルは案の定それ以上はこの件に関して追求して来なかった。
「わたしがここにお邪魔したのは、ジュエルさんに折り入ってお願いがあったからです」
しばらくしてからメイファが話を再開した。メイファが泣きやむのを待っている間ぼくのシステムを弄くっていたジュエルはその遊びをやめようとしないまま、メイファの話に相づちを打っていた。ぼくの方は可愛くて賢いジュエルにシステムを責められる快楽に耐えながらメイファの話を聞くことになる。
「気持ちよくさせていただいた恩義があるしそうでなくともわたしはきみのような可愛い子の味方だし、なおかつわたしは大抵のことは解決できるから遠慮なく言ってみるといいよ」
ジュエルに促されるまま、女学生はここに持ち込んできた願いを口にした。
「わたし、ジュエルさんのように頭がよくなりたいんです」
「無理だ」
ジュエルはぼくのシステムから口を離して彼女に振り返り、即答した。まるで願いを増やせと言われたランプの魔神のように。あるいはもっとピッタリな比喩は、自分を唯一神にしてくれと言われた唯一神か。
「わたしのこの頭脳の出来は学習による思考構造の調整ではなく、先天的な脳細胞の性能に少なからず依っている。人間どう頑張っても、記憶の容量とそれにアクセスする速度、それから思考そのものの処理速度だけは強化することは出来ないんだ。薬を使えばある程度下駄を履かせることは可能だけど持続性はないし、その強化量にも限度はあるし、何より厳しい副作用を免れられない。その基準で言うとわたしの頭脳は極端に優れていて他の誰とも比較にならない。きみも、きみ以外の人々も、わたしと同等の知能を得ることは不可能だ」
女学生も、ジュエルほどは頭が良くないにしても馬鹿ではないのだろう。まくし立てるようなジュエルの話を理解し、そして自分の願いが叶えられないことを悟り、うなだれて悲しそうな顔をした。ただ、と繋げてジュエルの話は続く。
「わたし程と欲張らなくても現在より知能を向上したいだけなら手段はいくつかあって、リターンが大きいほどリスクも大きい。きみが自分の頭を良くしたいと思う理由を聞かせてくれたらそれに見合った解決策を提示してあげられるよ。ちなみに一番無難なのが地道に勉強を重ねつつ適度に刺激的な社会体験を断続的に得ることだけどね」
事情を聞かせろと言われて女学生はまたしばらく黙り込んだ。ジュエルはぼくのシステムをいじるのに飽きて攻守交代を命じてくる。ジュエルがソファにふんぞり返り、パンツを脱いだ彼女のシステムをぼくがおもてなしすることになった。ぼくはジュエルに会ってから常識がぶっとぶ体験をいくつかしたけれど、それでもまだ一抹のバランス感覚は残っていたらしい。メイファというお客さんの手前、床に膝をついて小さな女の子の股間に顔を埋めている図がとても恥ずかしかった。それがまた逆にぼくを興奮させるので、変態自らの変態性を堪能したければこそ狂気に堕ちるべきではないと思った。
違う、そこじゃないよ、このヘッタクソ、とジュエルに罵倒されつつべしべし頭を叩かれながらぼくが舌での創意工夫を一所懸命凝らしていると、後ろでメイファが事情を話してくるのが聞こえてきた。ぼくは一体何をやっているのだろう。まじめに悩んでいるメイファに対して、今ここにいることが申し訳なく思えた。なんだか生きていること自体も申し訳なくなってくる。ジュエルとつきあい始めてからぼくは以前にも増してものを考えなくなった。考えなくても生きていけるから。ぼくの頭はジュエルを見習うどころか、どんどん悪くなっていく一方だ。そのうち溶けて消えてしまえるんじゃないかと思う。
「実は、わたしが頭よくなりたいのは、わたしの父のためなんです」
「フォーミュラ・リリスタルス博士のことだね」
ジュエルが口をはさんだ。メイファの姓から推測したのだろう。お察しの通りですと頷いたメイファによると、フォーミュラさんは別に有名な博士でもなく、どちらかというとうだつの上がらない方らしい。しかし、メイファにとってはたった一人で彼女を育てた恩人だ。そう、彼女の母は彼女が幼い頃に病気で他界していた。
物質のミクロな挙動を研究しているフォーミュラ博士。世紀の大発見をして世に名を残したいけれど一向に成果が上がらない。ある日彼の脳裏に素晴らしい理論の着想が降臨したのだけど、そのときメイファが事故で入院して下半身不随になり、入院と家族の介護を必要とした。凡俗だけれど情に厚いフォーミュラ博士。研究に打ち込みたいのを我慢して、五年ほどを彼女の介護に費やす。長期に渡る懸命の治療とリハビリによって彼女は歩行力を回復した。やっとアイデアの検証ができると研究を再開したフォーミュラ博士だったが、打ち込み過ぎて今度は彼が過労で他界してしまった。フォーミュラが残した遺産のお陰で彼女は生活には困ってはいなかった。しかし、彼女は自分のために命を失い夢を断たれた父の意志を継がねばならないと思った。父と同じ物理学を勉強しようと思ったが、研究どころかリハビリ中のブランクのせいで学校の授業すらろくに理解できない。このままじゃ世の中で生きていかれないし、父の研究を理解することすら夢また夢だ。彼女は困り果てて、今に至る。
「なるほどね」
この世の誰よりも頭のいい彼女のことだから、三流博士の研究なんててっきり馬鹿にするのかとも思ったが、ジュエルは頷いて理解を示した。顔を上げて目を細め、だんだんマシになってきたらしいぼくの舐め方を堪能しながら。
「お父さんの残した研究は、きみが唯一もう会うこともできないお父さんと対話できる手段なんだね」
「はい」
メイファは頷いたと思う。今のぼくにはシステムを含めてそれより上の部分のジュエルの肉体しか見えないけれど。
「お父さんの研究をたとえばわたしが一晩で完成させても意味がないし研究の内容を読み解いてわかりやすく解説してあげても同じ。なぜならきみの本当の目的は父の悲願を代わりに叶えて上げることではなくて大好きなお父さんと二人っきりで語り合うことだから。お父さんの研究を理解することはそれを疑似的に実現する。だからきみは研究を誰かに見せる気はまったくないし、自分自身がそれを理解する頭の良さを得なければならない。というわけだ」
「だいたいそうです。ただ研究は、一度はお父さんのお友達の教授の人にお見せしてみたんです。だけど、高度すぎて分からない、これが分かるのはジュエル・ダークマター博士くらいじゃないかって言われて」
「それほどのものだと言うならお目にかかってみたいけどね。お父さんのご友人に見せたのなら、わたしに見せてもいいようなものでは?」
「教授にお見せしたときも……すごく悩んだ末での妥協だったんです。でも、やっぱり自分で知りたいと思い直したし、ジュエルさんほどの方なら、わたしの頭を良くするのもたやすいかなと思ったんですが……」
「わたしのことを何でもできる魔法使いみたいに見なすきみの考えはとても正しいよ。いっそのこと手っとり早くきみの思考の基礎構造を書き換える手なんかもある。ただそれをやると記憶もすべて失われてお父さんとの対話どころじゃなくなるけどね。わかった。いいよ。きみは今日からここで暮らしなさい」
ジュエルは唐突な提案をした。彼女の考えなのだから、諸々を加味した上でもそれが一番ベストな解決策なのだろう。ジュエルの言うことやることはすべて正しいはずだ。ぼくは本当にものを考えない。
「え?」
「現実的な案の中でそれがベストだ。わたしと毎日話しなさい。その体と思考に触れなさい。五感でわたしを認識しなさい。どんどん頭がよくなるはずだよ。あなた可愛いからいさせてあげる」
ぼくがそうならないのはなぜだろうと思ったが、自分でもどうでも良かったので口を挟まなかった。ぼくはただここにいればいいだけだ。メイファは二つ返事でジュエルの申し出を受けた。
「願ってもないお話です。よろしくお願いします」
こうして、ジュエル・ダークマターの屋敷の居候が一人増えた。
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おわり
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