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ステッパーズ・ストップ

ショートストーリー


シンシアーズ・ファントム


「え、なになに、どこいくの? お弁当とどけるの?

 じゃ、一緒に行こっか。ね!」

ニフラム。

思い出にニフラム。

ニフラム。

ぼくの頭の中にニフラム。

ニフラム。

ニフラム。

ニフラム。

つらい思い出、記憶、そんなものはいらない。

ニフラム。

光の彼方に消え去れ。

ニフラム。

何もいらない。

ニフラム。

ニフラム。

ぜんぶなくなっちゃえ。

ニフラム。

ニフラム。

ニフラム。

ニフラム。

「そなたにライデインを教えようぞ!」

うるさい。

ライデインなんかいらない。使えない。

ぼくに必要なのはニフラムだ。

ニフラム。

ニフラム。

ニフラム。

胸が苦しい。ベホイミも効かない。

ニフラム。

ニフラム。

「このままずーっと、一緒にいれたら、いいな、って……」

なにもいらない。いらないんだ。

痛いなんて思いたくない。

すべてを忘れて楽しく生きたい。


だから、ニフラム。



ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。ニフラム。


光の彼方へ――
















「****よ。お前を立派な勇者に育て上げてやるからな。頑張るんだぞ」

「おお****、今日はそなたにライデインを教えようぞ!

 選ばれし者のみが使える聖なるいかずちじゃ!」

「外に出たい? だめだめ、外は危険なモンスターでいっぱいなんだ。

 でも大丈夫、俺達がお前を守ってみせるから。さ、家へ帰んな。」

「いいなあ****、俺だって勇者になりたかったよ。」

「いいか、どんなことがあってもくじけちゃだめだぞ****。

 お前は世界の運命をその肩に担う勇者なんだから、弱音を吐いたり

 怠けたりしちゃだめなんだ。お前は俺達の希望なんだから!」


そんな言葉を聞くたびにぼくは吐き気を感じていた。

ぼくは世界じゃない。世界はぼくじゃない。

それは当たり前のことだ。

なのに、なんでぼくが世界のために尽くさなきゃいけないの。

こんなのぜんぜん面白くないよ。意味が無い。

どうしてぼくに努力を強制しておきながら、いいことをした気分になれるの?

どうして自分でも出来ないことをぼくに押し付けられるの?


ぼくはぼくだ。


ぼくは、ぼくの思うように生きたい。

なのに、ちょっとでもそんな素振りを見せるとすぐそれを否定してくる。

最初は諭すようにぼくを説得しようとして、それでもぼくが嫌がると、

ものすごい恐い顔をしてぼくを責め立てる。

ぼくの言うことを聞いてるフリしてるけど、絶対に分かってもらえない。

これは何なのさ。

こんな酷い扱いをしておいてよく、ぼくがすくすく育ってるなんて思い込めるね。

ぼくは逆らうことが許されない笑顔の中で、ゆっくりとねじ曲がっているというのに。

穏やかな暮らしの中の、分かりにくい闇。

これが勇者の教育なの?

アストロンなんか覚えて何の意味があるの?

真面目にやってるつもりなの?

魔王の教育の間違いなんじゃないの?

みんな死ね。

みんな死ね。

ぜんぶ壊れろ……!

パルプンテ!


「どうしたの****」

「あ……」


でもね。

そんな、ぬるい地獄のような暮らしの中にもね。

シンシアがいた。

シンシアがいたんだよ。


「え、なになに、どこいくの? お弁当とどけるの?

 じゃ、一緒に行こっか。ね!」

「や、やめろよ。恥ずかしいよ」

「どうして? わたしは何も恥ずかしくなんてないよ。」


光があったんだ。

ぼくはシンシアが大好きだ。

シンシアもぼくを理解し、好きでいてくれた。

それはぼくの思い出の中で、とてもとてもキラキラと輝いてたんだよ。


「ねえ****。」

「なあに、シンシア」

「思わない?」

「え?」

「思わない……?」

「わかんないよ。なにをさ」

「このままさぁ」

「このまま?」

「このままずーっと、一緒にいれたら、いいな、って……」

「……」

「思わない?」

「……」

「ねえ?」

「うん……そうだね。」

「ねー。」


シンシアは深かった。


「すっごい腹立つんだよ!

 あいつら、ぼくのこと人間て思っちゃいないんだ!」

「うん。酷いよね。かわいそう。かわいそうな****……。」


ぼくの光も、闇も、ぜんぶ受け止めてくれた。

そう、ぜんぶだ。

ぼくらはひとつなんだ。

お互いに、何も恥ずかしいことなんてなかったんだよ。

シンシアの吸い込まれそうな瞳の中に、ぼくは世界を見たんだ。

だから、ぼくは。


シンシアが世界だとしたら、そのために……

そのためだけに戦ってもいいなって、思った。

勇気を出してそれを言ったら、シンシアは喜んでくれたよ。


「聞いたわよ。聞いちゃった。その言葉、覚えておきなさいよ。

 こっちは絶対忘れてやんないからね、うひひ……」


ぼくも嬉しかったんだ。うひひ。

















そしてその日が来た。

その日ぼくは、ぬるい地獄が、本物の地獄に変わるのを……

惨劇を見た。


「ま、魔族どもの急襲だー!」

「ぐわぁっ!」

「馬鹿な! 探知されて、……偽装も見破られたのか……?」

「勇者を……まも……げふっ!」

「くっ、ライデイン! ライデイン! ライデ……ぎゃあああ!」

「駄目だ、数が多すぎる、くっ」


みんな死んだよ。

みんな死んだ。

全部壊れた。

親父がよく釣りに行ってた池も、いけすかない魔法じじいの家も、

シンシアと寝転んで語り合った花畑も。

血と炎と衝撃で、魔族たちに踏みにじられた。

ぼくは震えていてなにも出来なくて、

ただ、こんな酷いことをぼくは望んでいたんだって気づいて、

ぼくがパルプンテって言ったからこうなったのかとか

愚にもつかないこと考えたりして、

ぼくは自分の気持ちが分からなくなって、

逃げることすら出来なくて……


「****!」


乾いた音がした。

それは、シンシアがぼくにキツいビンタをくれた音だった。


「しっかりして! 逃げるわよ……ほら、こっち!」


シンシアに手を引かれて、ぼくは走った。

そこはぼくの家だった。


「隠れるわよ」


そうだね、隠れなきゃ……でも何処に?

ぼくが迷っていると、シンシアは床の木の節目に手をかけた。

そしてその部分の床が、『外れた』。

シンシアが長方形の板を床から手早く外すと、同じ形の穴が空いた。


「この下に。」


そこには階段が、どこへ続くとも知れぬ暗闇のなかを下っていた。

ぼくは不思議だった。


「なにこれ。どうしてウチにこんなものがあったこと、知ってたの……?」

「それは……いや、今は時間がないわ、早く!」

「う、うん」


またもシンシアに手を引かれ、隠し階段を降りていく。

そこは食糧があり、ベッドがあり、トイレがあり、

数週間は暮らしていけそうな部屋だった。


「安心して。ここでじっとしていれば、見つからないから。」

「うん」


ぼくは情けない気持ちになった。


「ごめんね、シンシア」

「さて……ん? なんか言った?」

「シンシアのために戦うって言ったのに、これじゃまるで……」

「うん……あのね、****」


シンシアの顔が少し強ばって、そして優しくなった。

両手でぼくの肩をとり、まっすぐぼくを見る。

それはシンシアが、言いたくないことを言うときの目だった。


「わたしは、わたしの思うように生きるの」

「え、あ、うん……」

「正直、わたしだってこの村のシステムに従うのは御免だったのよ。

 赤の他人のために自分の命を犠牲にするなんてのもまっぴら」

「犠牲? なにを言ってるのシンシア」

「でもね………」


混乱するぼくに構わず、シンシアは言葉を紡ぐ。

訳がわからない。でも、ぼくの中の何かが囁いた。

(シンシアの言葉を聞け! 大事な言葉だ。聞け!)

うん、それはもちろん聞くけど、でもなん……

(いいから聞いとけ! でないと一生後悔するぞ!)


「でもね****。きみのあの言葉を聞いて、思った。考えた。

 いや違う、覚醒した。

 わたしは、きみが好きであることに目覚めたの。

 それは震えるほどの衝撃と喜びで、到底押し殺せるようなものではなくて、

 出来ることなら一生をかけてゆっくりきみに伝えたかったんだけど……」


シンシアは首を振った。

意味が分からない。

でも、ぼくは泣いていた。よく分からないまま泣いていた。

いや、本当は分かってる。魂が知っている。

ぼくはシンシアを好きで好きで、それは素晴らしい幸せで、

同時に耐えられないくらいつらくて、さみしいことで、


「もう時間がないから、これしかないの。」


そこから先は……あまり覚えていない。

でも確かなのは、シンシアは、その時2つの呪文を唱えたんだ。


シンシアは顔をぼくに近づけてきた。

触れ合いそうになる極限まで近く。そう、極限まで。

彼女の吐息がぼくの鼻孔をくすぐる。

ぼくはドキドキした。

そしてぼくの耳元で、ささやいた。


「トラマナ。」


弾けるような音がして、なにかが消えた。

なにが消えたのかは分からない。

たぶん、それは人と人とを隔てる見えない結界のようなもの

だったのだと思う。

ぼくの耳に飛び込んでくるのは、甘く痺れるような感触。

その手で掴んでくれたぼくの肩には、今で感じたこともないような刺激。

シンシアは続ける。

早口で紡がれた不思議な言葉が右から左へと走る。


「わたしのこころをちぎったかけらを、あなたのなかにうめる

 あなたはわたしをあいしていることにさみしさをおぼえ

 わたしにあいされていることにいたみをかんじるようになる

 しかしあなたはそこからのがれたいとおもうことができない

 それはあなたのこころのおくにがっしりとしがみついて、

 いかなるじゅもんでもくだけないのろいになる

 あなたはわたしのためにずっとくるしみつづけ、

 しかしやがて、そのくるしみのなかにこそじぶんをみつけるだろう

 

 あなたはこれからわたしをうしない、それをずっとひきずりつづける」


その時ぼくの中に、何か未知の異物が入ってくる感じがした。

そしてもうひとつの呪文。


「モシャス。」


シンシアの姿が歪み、ぼくとそっくりになった。

まさか、ぼくの身代わりになるつもりなのか?


「じゃあね、****。ばいばい」


その後はもう振り返りもせず、シンシアは地上からの階段を駆け上がっていった。

そしてフタが閉められ、光が閉ざされた。

ぼくは何もできなかった。













……まーあれだ、魔力がカラカラになるまでニフラムを唱えまくって

分かったのは、結局、都合の悪ぃとこだけ記憶を消すなんてームシのいい話は

通りゃしねえってことだった。そりゃそうだな。

んでどういうわけだか、俺が忘れたのは自分の名前だけだった。

俺がシンシアと、あの糞ったれの連中になんて呼ばれていたのか、

もう思い出せない。


でもまあ、いいこともある。

俺は自分の胸に手を当てた。俺のなかにシンシアは生きている。


≪うん。わたしはずっと、きみと一緒だよ。きみが死ぬまでね。

 でもきみにはやるべきことがある≫


「わかってるよ」


≪あいつらは……魔族どもは、わたしを殺した。勇者を殺す手柄を

 立てようと、我先にと醜く群がってきてね。これ、許せる?

 許せないでしょ。許せるわけないよね。そうでしょ?≫


「ああ、わかってるって……」


昏い気分に浸りながら、胸の中のシンシアに返事をする。

胸が痛え。マジで痛え。なにもいらないなんてとても言えたもんじゃない。

いいだろうシンシア。

俺は、おまえが思うように、生きてやるよ。

気がつくと俺は、羽帽子を握り締めていた。



≪シンシアーズ・ファントム≫ 了